熊野灘の定置網漁業

三重県尾鷲市にある小さな漁村、早田(はいだ)町。

ここで昔から生業として続いている大型定置網の会社です。

 大型定置網は、海の中に全長1,000mを超える網を仕掛け、迷い込んだ魚を捕える待ちの漁。

 早田町を含む三重県南部地域では、古くから大型定置網漁が盛んで、各集落の伝統的な産業として根付いています。それぞれの町の文化と風習に深くつながりのあるこの漁は、「大敷」と呼ばれ親しまれています。

 早田町の漁場は港から10分と定置網の中でも比較的近く、鮮度に自信を持っています。

会社の方針

 私たちの住む小さな町にとって、定置網漁と地元住民の生活は切り離せないものです。私たち早田大敷の存続こそがこの町の生活に直結しています。

 しかし、高度経済成長期を経て、地元の若者が流出、人口の減少、高齢化率の上昇が続きました。同時に定置網漁師も高齢化・担い手不足に悩まされました。

 若手漁師の確保、経営の改善、藻場の再生など将来へ漁業を残すための取り組みを多角的に行い一定の成果を残しつつ、引き続き将来への橋渡しを目指していきます。

早田大敷の歴史

明治40年12月 

早田浦にて「鰤大敷網」を開始。

大正 5年12月 

佐賀県佐賀市本庄町・伊丹鉄太郎氏との間に賃貸契約。伊丹氏による経営開始。

大正15年 

富山県氷見郡・諸越氏と経営の提携。「氷三鰤大敷組合」を組織。

昭和 4年ごろ 

氷三鰤大敷組合にかわり「宮ケ島大敷組合」として経営開始。(代表者宮崎和右衛門氏と地元有志の共同経営。)

昭和 8年 

2号漁場として尾鷲・永井新六氏を代表にした「青木島鰤敷組合」開始。

昭和14年 

青木島鰤敷組合にかわり代表者を宮崎嘉助氏とする「早田第二鰤大敷組合」を結成。

昭和17年 

不漁のためこの年を最後に早田第二鰤大敷組合経営休止。

昭和11年 

「早田共同鰤大敷組合」を結成。地元組合員の共同出資により経営開始。

平成15年 4月 

株式会社早田大敷として法人化。

平成24年

早田漁師塾を開講。

平成29年

水産庁、もうかる漁業創設支援事業採択。


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漁師の現場

空から見た定置網

巨大な網を一歩ひいて空から眺めてみます。

海中から見た定置網

水中カメラで、海中の定置網の状態を撮影しました。

大型定置網の箱網内、魚どりのあたりから金庫網周辺までを撮影しています。ブリが泳いでいる様子も確認できます。

発展事業

もうかる漁業

 平成29年に水産庁の「もうかる漁業創設支援事業」の採択を受け、経営の革新を行います。主な改革点は下記のとおりです。

・新船の導入による一艘持ちへの改革。

・定置網の形状の改革

・鮮魚流通の改革

・活け〆による漁価向上の取組み

早田漁師塾

 多くの漁村で、若手漁師が不足しています。

 一方、漁師を志望する若者にとって、なり方がわからず、学ぶ場所もないため、一歩を踏み出すチャンスがありませんでした。

 この両者を結ぶために始めたのが「早田漁師塾」。漁師の学校です。

 詳しくはこちらをご覧ください。

≫早田漁師塾公式ホームページへ

会社概要

株式会社早田大敷


代表者  | 代表取締役 岩本芳和

設 立  | 2003年(平成15年) 4月22日

資本金  | 1,500万円

従業員数 | 21名

住 所  | 〒519-3702 三重県尾鷲市早田町6番地3

電話番号 | 0597-29-2074